ビルレンスの法則について
感染症を引き起こす主な病原体は細菌、真菌(カビ)、ウイルスです。
これらの病原体の毒性・毒力を表す言葉を
「ビルレンスvirulence」
といいます。
ビルレンスの強度の違いを示す例としては、腸チフスを引き起こすチフス菌と胃腸炎(食中毒)を引き起こすサルモネラ・エンテリカに分類されますが、チフス菌のほうがビルレンスは強く、重症化しやすいことが知られています。
こうしたビルレンスの強弱を知って不思議に思うのは
「ビルレンスが強すぎると、宿主が死んでしまい結果的に感染した病原体にとって利益にならないのではないか?」
ということです。
これを解明する手がかりとなるのが、オーストラリアのウサギの話です。
オーストラリアにはもともとウサギはおらず、ヨーロッパからの入植者とともに持ち込まれました。
そのウサギがオーストラリア全土に広がり農作物に被害を与え始めたため、1950年、駆除のためにビルレンスの非常に強い、致死率99%以上のミクソーマウイルス(粘液腫ウイルス)が人為的にウサギたちに導入されました。その結果、ウサギの個体数は一年で激減します。しかし、導入から数年後、ウサギの体内のミクソーマウイルスのビルレンスは大幅に低下し、致死率50%程度の毒性クラスになっていたのです。
このように宿主に感染後、ビルレンスの強弱は変わることがあります。そして、ミクソーマウイルスに関する詳しい解析によると、その基本増殖率は中間のビルレンスで最大となり、安定した平衡状態になっていたのです。
このことから、ビルレンスが強すぎるのは確かに宿主を早く殺しすぎるので病原体にとっては不利なのですが、ビルレンスが弱すぎるのもウサギの体内で免疫系との戦いに破れてしまい好ましくないため、自らbのビルレンスを適度に弱めて子孫を効率よく繁殖させる戦略をとったと考えられています。また逆に、最初はビルレンスが弱かった病原体がしだいに強くなっていく例もあるようです。
興味深いことに、中世ヨーロッパで黒死病として流行したペスト菌は遺伝子的には過去600年以上の間、大きく変化していないことが明らかになっています。
変化が遅い理由の一つとして、ペスト菌は世界にエルシニア・ペスティスの一系統しか存在せず、菌が直線的にしか進化できないためと考えられています。
このように、免疫系と病原体のせめぎあいは様々な様相を呈しながら、ひそやかに、あるいはダイナミックに進行しているのです。